視覚障害者の夫と生きる

視覚障害者の夫との日常です。

疑われる日々・・・

夫は視覚障害者です。
2024年7月に視覚障害者になりました。


それから(それまでもですが)、何か物が無くなったら私を疑う事が多くなりました。
今までもすぐに「捨てたんだろ」と言われていました。


目が見えないのかもしれないですが、手で触って確かめる事はできると思います。


物がなくなると「あそこにおいていたけど知らない?」と聞いてきます。
私は夫の物は触らないようにしています。


「知らない、触っっていない」と言っても聞きません。


何度も同じ事を聞かれて疑われるとイライラしてきます。
私も1日中、24時間夫についてるわけにもいきません。
特に今は断捨離中、家の外や中もキレイにしているので、やることもあります。


何度も同じことを同じ場所(夫は動きません)で言われると「どこ?」と聞いて確かめます。
やっぱりあった・・・「あったよ。これのこと?」と言うと夫は「どこにあった?」と言います。言っていた場所にあったよと言うと夫は「おかしいな」と言います。
私は夫がわざと言うのかと疑います。
今まで嫌がらせをされてきた事が蘇るからです。


メールの返信さえできなくなった夫はメールの返信も私にさせます。
メールの返信ができないなら電話してほしいと言えばいい事だと思います。


私が何をしているのかわからないのかもしれないですが、私のことはお構いなしで夫は自分のしてほしいことを言い続けます。
面倒なので夫の用事を先に済ますようにしています。


目が見えなくても働いている人もいれば、一人で暮らしている人もいます。
何もかも自分中心、身体障害者は特別な存在と思っているのでしょうか。


私の考えは「みな同じ人間」です。


御体満足で生まれてこようが、身体障害者で生まれてこようが、どこの国籍だろうが、私には関係ないのです。
職業や性別も私には関係ありません。


よく田舎にありがちですが「あの人(有名人、役場関係(公務員)、先生など)は知り合いだからとか親戚だから」とか言う人いますが、だから何か?と思います。


自身のことを言うのならわかりますが、知り合い?親戚?どうして他人のことを自慢するのか不明です。


その人には何かメリットがあるのかもしれないですが、私には関係ないからです。


私は実際に夫に物を捨てられ、壊された物がたくさんあります。
しかし、それを責めることはありません。
「壊れてるんだけど、無くなったんだけど」と言うと夫は笑いながら「知らない」と言います。笑いながら言う時や夫が無くなった物をないかと聞いた時、夫は探しません。
そんな時は嫌がらせで「無くなった」といい探させる嫌がらせです。今まで散々されてきたからです。
そんな夫の面倒を見なければならないと思うと情けないです。
私は私の人生をいきたいのに・・・





夫に「自分の人生」のことを言って通じません。
話し合いができるような夫婦ならおそらく、今が楽しいと思います。


夫といる以上は、疑われる運命、人生なのでしょう。





目が見えないことがどれだけ不便なことかわからないことはありません。
私も視力が悪くて運転ができませんから。
運転免許証は持っていますが、ギリギリで自分でも怖いので運転しません。
しかし、本人ではないのでわからないこともないですが、全てわかることはありません。
その人のことはその人にしかわからないのです。。
私のことも私にかわからないのです。



愚痴愚痴愚痴りたくもなります。
これが毎日ですからね・・・


旅行の話もしていました。JALでどこか行こうか、探していた時のことです。


「死にたい」と夫が言いました。


私は一気に旅行の気が失せました。
死にたいと思う人と旅行に行っても楽しいはずがない。
一人旅でも行った方がいいやと思ったからです。
それから探してもいません。
しかし、夫は「〇〇(場所)にも行くし、、、」と言います。
私は自分の気持ちを言うことはありません「もういかない、行っても楽しくない」と言ってやりたいです。私は夫から「一緒に旅行に行っても楽しくない」と言われたことがあります。


自分が何を言ったのか覚えていないのか
それとも思ってもないけど言ったのか
「死にたい」と言って何がしてほしいのか
どうにかなると思っているのか
一緒に死んでくれると思ったのか
同情してほしいのか
私が夫と変わればいいのか(視覚障害者)




時々、何もかも面倒臭くなる



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